• 講師:二瓶和敏弁護士(日弁連人権擁護委員会委員長歴任,現在日本ユネスコ連盟理事・ユネスコ国内委員会委員)
  • 日時:2015年7月12日 15時15分~16時30分
  • 場所:YNUS会議室
  • 題目:「いじめ裁判の実態と問題点」

参考資料>>第3回講話 参考資料(PDF)

概要

1 いじめ裁判における争点

裁判では、①いじめの事実があったか否か,②いじめと自殺との間に相当因果関係があるか,の2点が問題となる。

2 7月5日に発生した岩手県矢巾(やはば)町中学2年生(13才)いじめ自殺事件が連日,報道されている。裁判になった場合はどうなるのか?

① 本件では,生活記録ノートが存在しており,裁判で一番重要ないじめの     事実が記載されていることから,いじめの事実の存在を認定することは比較的容易である。

② いじめと自殺した事実の因果関係についても,「6月末に,もう死ぬ場所は決まっているんですけどね」との記載があり,自殺をほのめかしていたことから因果関係が認められやすい事案といえよう(別紙の新聞記事参照)。

③ その他の問題点

イ. 大津市の中2男子のいじめ自殺をきっかけに2013年に施行された「いじめ防止対策推進防止法」は,「一定の人間関係にある児童や生徒の行為により,被害者が心身に苦痛を感じている状態をいじめ」と定義し,各学校に「教職員や心理・福祉などの専門家でつくる組織を義務化し,いじめと疑われる事案があれば速やかに事実確認をすること」や「複数の先生による情報の共有」を求めている。しかし,それが今回の矢巾の事件では実行されていなかったこと。

・担任教師は,危機意識を持って、いじめをやめさせ,当該男子が自殺などに追い込まれないよう適切な対処をしていないこと。

・担任教師は,同僚の教員や学年主任などに相談をしていないこと。

 

ロ.いじめの情報を共有できない原因が学校内の運営のなかに存在していたか,例えば,教員の多忙化の問題・教員同士で悩みを共有しにくい状況について、その原因がどこにあるかを徹底的に検証することが大事。それをしなければ,このような不幸な事件はなくならないことを銘記すべきである。

3 いじめ裁判の実態

平成2年に判決があった、「中野富士見中学生いじめ自殺事件」と「いわき市立中学生いじめ自殺事件」との二つの裁判例で説明すると,両事件は、明らかにいじめを原因とする自殺と報道されたが,「中野富士見中いじめ自殺判決」は、暴行を認めたが,「いじめ」は認めず,いじめと自殺の相当因果関係を否定した。しかし,いわき判決では,これらをすべて認めた。

(1)「中野富士見中自殺事件」

中野富士見中いじめ自殺事件とは,日頃から執拗で陰湿ないじめにさらされた生徒が,「このままじゃ,生きジゴクになっちゃうよ」と遺書を残して,1986(S61)年に首つり自殺をした事案である。

判決は,教師を含めて,「葬式ごっこ」をしたのは単なる悪戯にすぎないとして,いじめとは認定せず,その後の暴力行為を認め,単なる悪戯等でない暴力行為について学校は把握を怠たり,深刻な苦痛を招来することが具体的に予見されたのに,阻止策をとらなかったのは安全保持義務違反ではあるとした。しかし,「何を直接的なきっかけとして自殺をするかは,外部的には見えないので,自殺の表明等の特段の事情がない限り、事前に自殺を予知することは不可能であり,学校が被害生徒の自殺まで予見できないから,学校の安全保持義務違反と自殺との間に相当因果関係はないとして,暴行についての慰謝料のみを認めた。本判決は、予見すべき対象を「自殺そのもの」と狭く捉えて,因果関係を否定した。

(2)「いわき市立中学生いじめ自殺事件」

いわき事件は,被害者A君が同級生であったBをリーダーとするいじめを苦にして、1985(S60)年に自殺した事案である。

遺族は,学校がBの継続的で陰湿ないじめから息子Aの心身の安全を守るべき義務があるにも拘わらず,その義務を怠り,いじめを見逃した責任があるとし提訴。いわき市は,学校がAに対するいじめを認識できる状況になく,Aが自殺することを予見することは不可能であったと争った。裁判所は,AはBから暴力と金銭の強要(恐喝)受けており,きわめて程度の重い悪質ないじめであり,重大かつ深刻な「いじめ」の存在が推察され、家族からも真剣ないじめの訴えがあったときには,これを軽視することなく適切に対処しなければならないとし,これを怠った学校には過失があり,学校の過失と自殺との間には、相当因果関係があと判断した。

いわき判決の富士見中判決と決定的に異なるところは,学校側が「悪質重大ないじめであることを認識することが可能であれば,Aが自殺することまでの認識(予見可能性)までは必要でない」と判断した点である。

(3)学校の過失を判断するには、「自殺そのもの」の予見が可能でなくとも,「心身への重大な被害」を予見できれば因果関係があるとした「いわき判決」は、学校側の責任を従来よりも広く認めたものである。悪質ないじめ・暴力を受けた場合,いじめられ子の多くが自殺したい気持ちになることが広く知られ,その防止方法が社会的に共有された背景を考えれば,「いわき判決」は極めて妥当な判断であると言えよう。

4 いじめの防止対策

(1)「いじめ」の定義を明確化することが大切である。

「いじめ」とは,2人以上の集団が弱い立場にあるものに対し、言葉や態度,そして比較的軽微な身体的攻撃により,心理的な苦痛を与える行為である。いじめの特徴は,教師・親の目に触れない場所と時間を選んで行われる。いじめは,ひろく暴力,恐喝,リンチなどすべてを含めて用いられているが,これらは犯罪行為であり,いじめとは区別されるべきである。

(2)防止策

・本人の問題,家庭の問題も考えられるが、特に重要なことは,学校の対応である。何故ならば,いじめは主として学校内で発生しているからである。生徒が登校拒否で休んでいても,本当の原因を調べない。体調不調などと,簡単に考える傾向がある。

・解決には,担任一人だけでなく,全教師の理解と,専門の臨床医との協議関係の構築が必要。

・また,いじめは初期対応が大切で,一人で抱え込まずに関係者に相談し,いじめの程度が軽いうちに適切な対応をすることが大事。

・学校内には,いじめは必ずあるものと観念し,いじめを隠すのではなく,積極的に解決のために取り組む姿勢が必要である。

・いじめに負けない強い子供,いじめをしない子どもを育てることも大事。.

(3) いじめ自殺問題は,いじめられ自殺した子供の人権を永遠に侵害するもので,なんとしてもこのような悲劇を繰り返さない取組が欠かせない。

それには、学校や先生の責任が基本だが,家庭の問題や社会の問題等もいじめの背景にあることは公知の事実である。学校や先生の責任を追及しただけではいじめ問題を解決できない。社会全体が,自分の問題として考  えなければならない問題である。

 

(4)最後に,子供たちに関する要因としては,人とうまく付き合えない等,

コミュニケーション不足や,嫌なことが我慢できない,辛いことに耐え

られないことなどがある。そのようななかで, 欲求不満のはけ口とし

て「いじめ」が行われていることも無視できない。

スポーツをとおして,いじめに負けない子供,いじめをしない子供を育成することも大事なことであり,ABCA(アンチいじめ蝶間アカデミー)の存在価値があると思う。

 

5 質 疑

Q:裁判だけでなく、話し合いのためにも証拠記録が大事と思うが、どうい  う点に留意したらいいか

A:裁判になると、被害者が相手の不法行為の証明を行わなければならないので、証拠が大事。証拠なしに抗議すると逆に訴えられるケースもある。否認されたら出すという構えでもよい。

Q:監視カメラについては?

A:逆に先生が監視される結果になったりすることも考えられるので、目的は何か、時間帯等どういう制限のもとで行われるかの検討が必要だ。

Q:法的な相談をしたいとき、どこに相談したらよいか?

A:法テラス(日本司法支援センター、政府が出資している組織で、法律相談や弁護が受けられる、弁護士を紹介してくれる)に相談したり、弁護士会人権擁護委員会に申立をすることなどが考えられる。